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第3回 東京都八王子市丹木町周辺

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写真上のマイクアイコンの位置で録音しました

録音情報
2007年6月28日(土) 10時59分〜(10分間)

GPS情報
(WGS 84)

 

雑  記

 八王子市北東部にある城址「滝山城(たきやまじょう)跡」へ行って来た。
  滝山城は大石定重築城(通説)の平山城で 、最後の城主は北条氏照(北条氏康 三男)。 武田信玄の猛攻を守り抜いた歴史を持つ城である。

 今回の録音ポイントは北に多摩川を望む城跡内の某所とした。ここに至るには下を走る幹線道路から車1台分の道を登り続けなければならない。途中、三の丸跡、二の丸跡を通り、引橋(ひきばし)を渡り、やっと見晴らしの利くこのポイントにたどり着く。

 写真左から金比羅神社の鳥居、霞神社裏手、金比羅社。写真中央が眼下に見下ろす広大な多摩川の風景……のはずであったが、暗い神社境内と明るい多摩川の風景とを同じ露出で写したため多摩川方面が白飛びしている。
多摩川の風景だけは他に写した写真があるのでそちらをご覧いただきたい。
写真中央が多摩川と秋川の合流地点。その左岸があきる野市でわずかに見える橋が東秋川橋。写真中央右が福生市で写真右が昭島市である。

 八王子という地名の持つ歴史的イメージは、千人同心や新撰組など、江戸幕府期を想像しがちだが、実際に訪れてみると戦国時代の匂いを至る所で感じる。理由は簡単で数多くの城址が残っているからである。
城址が残っているということは、城を取り囲むように住んでいた家臣団や領民の子孫の多くが今も住んでいるということである。その歴史を子々孫々まで語り継いでゆき、DNAに織り込まれ、町の雰囲気を醸し出しているのかもしれない。

 今回録音された音の大まかな内訳は、鳥類、飛行機類、自動車類、そして人類である……。

 実はこのコーナーは企画段階からひとつ懸念材料があった。それは毎度同じ内容の音になる、というものである。鳥類+飛行機類+自動車類という録音ソースは現代ではどこへ行っても避けられない。「今回も同じ音だなあ」、と諦めモード全開でベンチに座っていると、後ろから「人類」の団体が近づいてきた。
前方に、マイクを横に置いた諦めモードの男性が座っているのを確認し、おそるおそる近づいてくるのが背中に伝わってくる。
すると金比羅さんの鈴が鳴り響いた(録音5:07)。すばらしい! いい音が採れた。
後ろを振り向くとなんと10数名のおばあちゃんの団体だ! こりゃまたすばらしい! みなさんマイクの存在をたいそう気にされており、私がどうぞどうぞと前に誘うと、一気に目の前に人垣が出来上がった。まさに全員総立ちのロックコンサートで自分だけが座っている画だ!
普通の生録マニアならば眉をひそめるところであるが、私の場合大歓迎である。
話を伺うと地元の老人会の方々らしい。ボランティアのガイドの男性をどこかで見つけて一緒に散策をしておられた模様。みなさん強烈なほどお元気だ。

 城というものは基本的には戦に使うものである。ここ滝山城でも多くの人たちが殺し、殺されている。
450年程前に、 おばあちゃんたちが今眺めている風景を見ていたであろう城内の女性たちのほとんどは、引っ越し先の八王子城で城主不在のうちに落城、豊臣秀吉の命で子供までもが命を奪われている。
この北方の多摩川を眺めていると、今でも武田信玄の軍勢が地平線から湧き出てくる気がしてくる。これは歴史的ロマンを感じているのではなく、恐怖を感じているのであろう。
今、世界中で行われている戦争と、当時この場所で行われていた戦とは、全く同質のものであるということを、我々は決して見失ってはいけない。

 おばあちゃんたちが帰り始めた。みなさん声を掛けてくださった。お礼を言いたいのはこちらの方だ。

平和である……。
限りなく平和である……

おばあちゃんたちがいなくなると急に静かになった。鳥の声も幾分寂しそうだ。

 ナツクサヤ ツワモノドモガ ユメノアト

……実感である。

2007年6月27日 熊谷昌朗

※MacOSX環境の方はこちらを参考にしてください。